▼あみはる編 「わ、ととっ、と、お、くぁっ」 「はるるん、大丈夫?」 事務所で転びそうになっていたら、亜美ががっしと抱きしめてくれた。 肩に顔をうずめながら頷くと、安心したのかふう、と息を吐く。 身長が並んだからかな。そんな動作もちょっぴり頼もしい。 名残惜しさを感じながら身体を離す。ありがとう、とお礼を言って、続けた。 「すぐに転ばないくらいには、春香さんも成長したからね」 「それ、成長っていうの? 亜美にはふしぎなおどりにしか見えなかったよ?」 ぐさり。亜美の呆れた目は、心にまっすぐ突き刺さってくる。 「転ばなきゃ成長なんですー」 「助けなきゃ転んでたくせにー」 「ま、毎回、亜美が助けてくれればいいんだよ」 「え?」 勢いで言った言葉と反応に、お互い赤くなってしまった。 というのも。亜美と私は恋人同士で。しかも告白が数週間ほど前のほやほやなのである。 箸が転げても恥ずかしい年頃というか。敏感になっちゃってるっていうか。 「えーっと。その、まあ、はるるんが言うなら助けてもいいけどさ」 「そ、そう? ありがと」 「うん。コイビトだしね」 「だ、だね。恋人だね」 自分で言って、ものすごく恥ずかしいけれど。 ……亜美は、平気なのかな。 「そだ。ね、はるるん。助けたお礼ちょーだい!」 「お礼?」 亜美のことだから、また変なお願いでもするんじゃなかろうか。 なんだろう、と言葉を返すと、少しだけ真剣な瞳をした。 「明日、亜美の誕生日だからさ、二人きりで祝ってよ」 かすかに上ずった声。それだけを言い終えて、亜美はじっとこっちを見据える。 「……へ? それだけ?」 「それだけって。亜美、これで誘うのキンチョーしてたんだけど」 不満そうな目。確かに、普段からすればとても真剣だったけど。 無茶なお願いをされるんじゃないかと身構えてたものだから、うっかり脱力してしまった。 「だって、私も誘おうと思ってたし」 「うぇ?」 「誘うの遅くなっちゃったけど。これでもいつ誘おうかって、悩んでたんだよ?」 「……亜美、はるるんのことだから忘れてるんじゃないかなって思ってたんだけど」 「は、はるるんのことだからって! ひどいよ!」 ふーんだ、と目を背けて、不機嫌ですってアピールをする亜美。 亜美に言わせちゃったのは確かにひどいことしたって思ったけど! 「はるるんのどんかーん。ぼくにんじーん」 「それを言うなら朴念仁じゃ……」 亜美はどうやら完璧に拗ねちゃったみたいで、そっぽを向いて唇を尖らせている。 ど、どうしたらいいんだろう。 こういうときってやっぱり、頭をなでたり、とかかな。 「その、ごめんね。亜美」 「もー。はるるんはしょーがないなー」 機嫌を直してくれたのか、亜美は声を柔らかくして、笑顔を見せてくれる。 身長は確かに追いつかれたけど、これで機嫌を直しちゃうあたりまだまだ子供なんだなあ。 「じゃあさ、誕生日、祝ってくれる?」 「うん。こっちこそ、喜んで」 誘うのこそ先を越されたけれど、亜美と二人で祝いたかったのは、本当のことなのだ。 ただ、私は私なりに悩んでみたりもしたわけで。 「ああ、そうだ」 「んー。どしたの?」 「真美とか、家族のことは平気なの?」 「へーきっしょ。真美も明日はゆきぴょんと祝うって言ってたし」 「へえ。真美は雪歩と祝うんだ……雪歩ぉ!?」 なんと。雪歩さんってば、いつの間に。 うまく言葉にできなくて目をぱちぱちと瞬かせると、亜美がんっふっふーと満足げに笑った。 「びっくりした?」 「そりゃもう、びっくりしましたとも」 雪歩がねえ。それはそれは。 でも、なるほどと思わないところもない。 「でさ、それを話したときのパパとママが傑作で」 「ん。なにかあったの?」 「二人が別の相手と誕生日祝うなんてーって大騒ぎ。赤飯まで炊いちゃってさ」 「あー。それは分かるかも」 付き合いだしてからも、真美は亜美にとっても特別だっていうのは感じてた。 だからこそ、特別な日は家族で過ごすものだと思っていたんだけど。 「むー。はるるん」 「なに?」 「真美は特別だけど、はるるんも特別なんだかんね」 「はは。肝に銘じます」 お見通し、だったのかな。 ずいっと近寄る表情は、なんだか怒ってるようにも見えて。 ごめんねと思う。けど、ここで直接謝るのは違う気がした。 「ね、亜美」 「ん?」 そのかわり。 「誕生日、一つだけなんでも聞いてあげる。助けてくれたお礼」 「えー。そこは、誕生日プレゼントじゃないのー?」 「ふふ、誕生日プレゼントはもう用意してあるもん」 「マジで! やった、やっぱはるるん大好き!」 ぎゅうっと抱きしめられて、無邪気にぴょんぴょんと跳ねる亜美。 前とおんなじように抱きつかれると、よろけてしまうけれど、転ばないように。 「ねー。誕生日プレゼントってなに?」 「それは明日のお楽しみでーす」 「ちぇっ。はるるんのケチ」 拗ねる声は、やっぱりまだ子供っぽい。 そんな言動も愛しくて、言うことを聞いてあげたくなっちゃうのは、甘いんだろうか。 「んー、それなら先にひとつだけあげちゃおう」 「……なんだかんだで亜美に甘いよねー」 通るとは思ってなかったのか、ちょっぴり呆れ顔をする。 自分でもちょっと恥ずかしいけど、亜美のことが可愛いんだなあ。 「じゃ、目つぶって」 「はいはい」 唇で、唇に触れる。 やっぱり、かなり恥ずかしい。 「誕生日、おめでとうだね」 「はるるん、いま」 きょとんとした亜美は、可愛い。 こんな顔が見られるなら、悪戯もいいかもしれない。 もしかしたら、亜美もこんな気持ちで悪戯をしてたりするのかな。 「びっくりした?」 「うぁ……すごく」 赤く染まった頬。どうしようもなく愛しくなって抱きついてみる。 「なんか今日のはるるん、積極的だよね」 「そっかな」 「そーだよ」 背中に回された手があったかい。 ぎゅうっと私の頭を押し付ける手は、照れてるんだろうか。 「明日はもっといいものくれるっていうんだから、楽しみだなー!」 「えっ、そんなこと私……むぎゅっ」 「きこえなーい!」 「むぐ。もがっ」 簡単に押し込められちゃう。並んだのは、身長だけじゃなかったのかな。 力もそれなりに強くなってて、亜美も大人になるんだなーって今更。 寂しいような気はするけれど。 「明日、楽しみだなー」 「うん。そうだね」 明日を、亜美にとって今まで最高の誕生日にできますように。 ▼まみゆき編 「ゆーきーぴょん!」 「ひゃわぁ!」 後ろからいきなり抱きつかれて、情けない声をあげてしまう。 がばあっとダイナミックに抱きつかれると、毎回驚いちゃうんだよね。 「明日、誕生日だよ!」 「うん。でも、私なんかでいいの? 亜美ちゃんとかとすごした方が……」 「真美がゆきぴょんとすごしたいって言ったんだからいーの!」 ぐっと込められる腕の力に、何も返せなくてただ「そっか」とつぶやく。 そういうものなのかな。私も、一緒にすごせるなら嬉しいけど。 「亜美もはるるんと祝うんだと思うし」 「へ? 春香ちゃん?」 どうして春香ちゃんが? と首を傾げてみる。 と、真美ちゃんはこともなげに。 「あの二人、付き合ってるし」 「そ、そうだったの?」 「まあ、亜美が甘えてるだけみたいに見えるよね、フツー」 亜美はお子ちゃまだからなーと勝ち誇ったような笑顔。 たぶん、こっちも似たように思われてるんだろうなあ。 そう考えると、素直に笑いかえせなかったり。 「でも、それなら、真美ちゃんを独り占めしても、いいのかな?」 「うんうん。ゆきぴょんは安心して、独り占めしていいのだ」 わっしゃわっしゃと頭をなでられて、視界がぐらぐら揺れる。 嬉しいけど、ちょっぴり首が痛いよ真美ちゃん。 「この機会に、真美もゆきぴょんを独り占めしちゃうのだ」 「あはは。どうぞどうぞ」 私の誕生日はみんなで集まっちゃうだろうから、二人きりなんて無理だもんね。 「あー、楽しみだなあ」 「誕生日が?」 「それもだけど。もっとジューヨーなことがあるのだ」 他になにかあったっけ、と抱きつかれたまま考えてみる。 けれど、特に思い当たることはない。 「重要?」 「ゆきぴょんと歳がいっこ近くなるんだよ」 ああなるほどと頷く。 確かに、半年近くの間だけは、歳の差がひとつ埋まるけど。 「そんなに重要かなあ」 「真美にとってはちょー嬉しいことなのだ」 にへーっと。ようやく離してくれた真美ちゃんはとてもご機嫌だった。 そんなことでここまで喜んでくれると、恋人甲斐があるというか。 ちょっとだけむずがゆかったりもする。 「でも、真美ちゃんが大人になっちゃうと、ちょっぴり寂しいなあ」 「んー。どして?」 「大人になったら、もうくっついてくれなくなっちゃうのかなって」 急に抱きつかれるのは、確かにびっくりする。 けど、こうして抱きついてくれること自体は好きだから。 「う。くっつく、くっつくよ」 「本当?」 「だってさ。大人になっても、真美はゆきぴょんとくっついてたいし」 言い切ったあと、真美ちゃんは恥ずかしそうに目を逸らして。 「……その。こういうこと言わせるとか、ずるいなあ、ゆきぴょん」 「えっ。ず、ずるい、かなあ……?」 「すっごいずるいよ! もー。はずかし」 もう一回ぎゅーっと抱きつかれる。 照れ隠し、なのかな。こういう反応は新鮮で、可愛いかも。 「もうこれは責任とってもらうしかないなー」 「ふぇっ? せ、責任!?」 責任って、そんな、えっと。 どうすれば。 「明日はゆきぴょんの方からいっぱい抱きしめてもらうのもいいよね」 「……私が恥ずかしくて死んじゃうかもだよ?」 「そーれーでーもー」 ま、真美ちゃんひどい。 抱きつく力はさらに強くなって、言わなきゃ離してくれないんだろうなあと分かった。 確かに、誕生日だからなにかをしてあげたいのはあったりする。 「うぅ。が、がんばります」 「よっし! 約束だかんね!」 最後にもう一回、ぎゅっと力を込めて、身体が離れる。 急に離されると、体温が名残惜しいけれど。 「じゃあ、また明日だね!」 「う、うん。また明日。よろしくね」 「おう! 期待してるからね、ゆきぴょん!」 ここまで喜んでもらえると、約束にも意味があったのかな、なんて。 うん、真美ちゃんの期待に応えられるようにがんばろう。 真美ちゃんの誕生日を、最高のものにしてあげられたらいいな。そう思った。