理想のアイドルってどんな子ですか。 先日、春香に訊ねられたとき、とてもきらきらしている子じゃないかなと答えた。 私にとってアイドルとは目に見えないきらきらを背負って、舞台に立っているもので。 そのきらきらをもっと輝かせるために、私はプロデューサーになったのだ。 「プロデューサーさーん」 「こら、ソファに寝そべらない」 「ふぁい」 事務所のソファでだらだらと暇をつぶすこの子を見ていると、 そんな憧れのようなものが軽く吹き飛んでしまいそうになるけれど。 もそもそとソファから起き上がる姿は、アイドルとしてどうなんだろう? 「それで、どうしたの?」 いやいや、それもこの子の持ち味なのだと頭を振って、一言訊ねてみる。 正直な話。そんなところも許せてしまうのが春香の可愛さなのだ。 「お菓子作ってきたから一緒に食べましょう」 「本当? ありがたくいただくわ」 差し出されたクッキーを手に取ると、ぱあと明るい笑顔を見せた。 おいしそうに焼かれたクッキーは、とてもおいしい。 ううん、またお菓子作りの腕を上げたかな。 それとも、私の好みを熟知してきたというべきか。 疲れているときには、少し甘すぎるくらいのクッキーがいい。 「うん。おいしい」 「えへへー。そう言ってもらえると嬉しいです」 ああ。癒されるなあ。 厳しい毎日もこの糖分があるからこそ、癒されるのだ。 「プロデューサーさん。そこは私で癒されてくださいよー」 「あれ。口に出てた?」 「ばっちり出してました」 ぷうと頬を膨らませて、春香はぷいとそっぽを向いてしまった。 やってしまったか。アイドルのテンション管理もプロデューサーの仕事だというのに。 「でも。そんな顔したらアイドル失格よ」 「ぷすぅー」 頬に手をそえて、空気を吐き出させる。 この間抜けな音こそアイドル失格なんじゃないかな。まあいいや。面白いし。 そのまま春香の顔でむにむにと遊んでみる。 「プロデューサーさん」 「なに?」 「私は、怒ってるんですよ」 「そうね」 眉間に寄せられる皺をぐいぐいと手で伸ばしてやりながら答える。 「わかってます?」 「うん」 「わかってなーいー」 春香をからかうのは、楽しい。 柔らかい頬も、さらりとした髪も、触っているのがとても心地よくて、 ああ、これがアイドルなんだなと、触れるたびに実感する。 この子を、輝かせてあげたいと思う。 「笑わないでくださいよ」 「春香が可愛くて、つい」 そんな言葉に、顔を真っ赤にしてしまうのだから、本当に可愛い。 アイドルは可愛いと言われるのが仕事なのに、慣れる気配を見せないのが楽しい。 顔を伏せた春香がぐいぐいと胸を押してくるのに、やりすぎたかなと反省。 「プロデューサーさんは」 「はい」 詰まった声と言葉。やはり、からかいすぎてしまったか。 どんな罵倒を返されてしまうだろうと、ちょっぴりドキドキしながら次を待つ。 「……ずるいです」 「はい?」 なにがずるいんだろう。 担当アイドルとの触れ合いという域を出ない範囲で、いろいろとしてきた記憶はあるが。 「ずるいかな」 「とっても」 「ええと、どこが?」 純粋な疑問だったのに、どうやら気に入らなかったようで、春香は唇を尖らせた。 今日は、アイドルにあるまじき行動をさせてばっかりだなぁ。 事務所の外でやらせたら、許されないところだ。 「いつも適当にはぐらかせるところとか」 「そんなことは、ないと思うけど」 否定しきれないのが、辛いところだった。 「とにかく、ずるいんです」 「えっと、大人はずるいもの……じゃダメ?」 笑ってごまかそうとしたら、睨まれてしまった。 春香は時折、不満そうな表情をして何かを訴えようとする。 「プロデューサーさんは大人の中でも群を抜いてずるいです」 「ど、どこが?」 「私が何か聞いても、いつも適当にはぐらかすじゃないですか」 私はいつも真剣なつもりだ。 この年頃の子からしたら、はぐらかしているように感じるのだろうか。 若い子のことはわから……いや、私もまだまだ若いはず、だ。 「適当言ったことなんて、あったかしら?」 「この前だって、きらきらしてるとかよくわからないこと言ってたじゃないですか」 「理想のアイドルのこと?」 「それです」 きらきら云々は、私の主観だからうまく伝えられなかったとは思うけど。 じとりと睨む視線は、迫力がない。というか、どう見ても可愛い。 「あれは本心だったんだけどね」 「その本心が、わかりづらいのが問題なんです」 「担当アイドルに、そう思わせるのは確かに問題だけど」 「そうじゃないですから!」 怒られてしまった。春香は、一体何が気に入らないのだろう。 「プロデューサーさんの理想のアイドルになろうとして、がんばってるのになぁ」 呆れ混じりの口調。先日の質問にはそういう意図があったのかとようやく思い至る。 しかし、私の理想のアイドルと言われても。 「私の理想のアイドルと言っても、女目線だし、ファンの求めるものとはズレてると思うわよ?」 「なんでそうなるんですかー! もー!」 がばーっと立ち上がって、身振り手振りで違うということを表現している。 いきなり立ち上がったら転ぶんじゃないかと心配したけれど、杞憂だったようだ。 それにしても、春香がこんなに怒るなんて珍しい。 「プロデューサーさんの、鈍感」 「ど、どんかん?」 「ずるい上に鈍感です」 「春香のことは結構把握してる方だと思うけど」 春香のやりたいことなんかはばっちりと把握してるつもりだ。 それに、私好みのアイドルと言われても、育てる側の好みに偏るのが普通のことじゃないかしら。 「鈍感じゃないですか」 むすりとした顔で座り直して、ぽつりと。 少しだけ気まずい沈黙。 何かを言うのも、ごめんと謝るのも違う気がした。 プロデューサーとして、失格かもしれない。 「プロデューサーさん」 「春香?」 春香の真面目な顔も、珍しい。 「私、プロデューサーさんのこと、尊敬してるんですよ?」 「アイドルの気持ちもわからない、ダメプロデューサーだけど」 苦笑で返すと、春香は眉を下げて、残念そうな顔をした。 今日は、珍しい表情をさせてばっかりだ。 「やっぱり、ずるいですよね。プロデューサーさんは」 「そう?」 「適当なこと言って、はぐらかすんですから」 流石に、強引なはぐらかし方だったかな。 かといって、真正面から尊敬してる、なんて言われたら恥ずかしいだろう。 「……あー、そろそろ、ボイスレッスンの時間よね」 「プロデューサーさん」 無理矢理すぎだとは思うけど、ずるい大人だから、許してもらおう。 大人の汚い部分をいくら見せても、春香はきっと、純粋な子供のままだ。 そんな春香のきらきらを、私がもっと輝かせてあげたい。 「まあ、そんなところも、大好きなんですけど」 「あはは。私も信頼されてるわね」 「はい。裏切らないでくださいね」 裏切るなんて、もったいないことするものか。 私は、この子がどんなときでもきらきらしているためにプロデューサーをしてるのだから。 この子が輝けなくなるようなことなんて、絶対にしてはいけない。 「だから、大好きの返事。きちんと考えておいてくれると、嬉しいです」 「へ?」 「はぐらかさないでくださいね?」 「ええ?」 さて、私はなんて返事をしたらいいのだろう。 子供というのは、時に、大人でもわからないような難題をあっさりと言ってのける。