雪、かあ。事務所から窓の外を見つめて、ぽつりとそうつぶやくと笑いが込み上げてきた。 ボクの頭の中は目の前の雪よりも、雪歩のことで一杯で、この白い光景を見て彼女はどう思うんだろうって想像してみたり。 「犬が庭を駆け回るのを怖がっていやしないかな」 外に出たくないですぅなんて、涙目で言ってるかもしれない。声までばっちり脳内再生できて、またくすりと笑いが漏れた。 雪歩は想像でも可愛いな。そんなだからどうしてもほっとけない。 「あーもー、雪見てたら雪歩に会いたくなってきちゃったな。早く遊びたいや」 こんな銀世界は、きっと雪歩の白い肌にとても似合うだろう。名は体を表すっていうのは間違いじゃない。 今日はオフだったはずだけど、来るのかな。もし来たら、雪の中に半分無理矢理でも連れ出してしまおう。 そしたら、そのあとは雪歩が淹れたお茶であったまって、のんびりと事務所でくつろいで。 ずいぶん身勝手だけど、雪歩相手だったらこれくらい強引な方がいいだろう。 ワクワクして仕方がないや。早く来ないかな。 「にやにやして、どうしたの?」 「う、うわぁ! 小鳥さん、いたんですか!」 「……事務員なんだからいますよぅ」 「ごめんなさい!」 小鳥さんがぐすんと泣き真似をして、真ちゃんひどいわ、と続ける。うぅ、面目ない。素で忘れてました。 「他のみんなが出払っちゃってるから、真ちゃんに雪かき頼もうと思ったんだけど」 「あ。ああ、そうですか。うん。分かりました」 確か、雪歩のシャベルがロッカーに置いてあったはずだ。 「えっと、これか。じゃあ行ってきます」 申し訳なさのせいか、なんとなく小鳥さんから目を逸らしながら事務所を出ようとする。 「あ、雪歩ちゃんが来たらよろしくねー」 すってん。雪に滑ったわけでもないのに、転んでしまった。 「な、な、ななな、んでそこで雪歩が出てくるんですか!」 「だって、それ雪歩ちゃんのでしょう?」 「あ」 ナチュラルに手に取っていたけど、そっか。雪歩のか。 「そうですよね」 「うんうん。いってらっしゃい」 「はーい」 納得はしたけど、小鳥さんはさっきから人を驚かせすぎだと思う。……ボクが勝手に驚いているだけな気もするけれど。もしかしたら、狙ってるんじゃないかってくらい。 体を動かせば気分転換にもなるかな、とため息をついて事務所のドアを開ける。 と、雪歩とちょうど鉢合わせた。 「どわぁ!?」 「きゃあああああ!?」 ボクの叫び声に驚いたのか、雪歩が叫二び返してきて、二人して固まる。 なんでこのタイミングで来るんだろう。ベタな少女漫画じゃあるまいし! 「どうしたの?」 ぱたぱたと駆け寄ってきた小鳥さんが、雪歩を見つけてあらおはようって呑気な挨拶。 雪歩が涙目なまま、ぺこりと頭を下げ返すのを呆然としたまま見つめて、ボクはばっくんばっくんと心臓に運動を強いていた。 「あ、あの、真ちゃん、大丈夫?」 「うん。まさか人がいるとは思わなくて。驚かせちゃってごめん」 言い訳みたいに笑って、雪歩のシャベルを持ち直す。すぐにでも遊びに行きたかったけど、雪かきを終わらせないとダメかあ。 「真ちゃん? どうしたの?」 「雪遊びしたいんだけど、雪かき頼まれちゃっててさ。終わったら遊ぼうよ」 ちょっと唐突すぎたのか、雪歩はきょとんとして首をかしげた。 「い、いいけど。雪合戦とか、私、本当にへっぽこだよ?」 「……なんで雪合戦限定なのさ。かまくらづくりとか、平和な遊びでもしようよ」 「あ、うん。それならできるかも」 「やーりぃ! さっさと終わらせてくるから待ってて!」 雪歩が嬉しそうにいってらっしゃいと言ってくれて、やっぱり早く遊びたいなあって気持ちが強くなる。やってやるぞー。燃えてきた! 「それなら、二人でしてくればいいんじゃないかしら」 「小鳥さんっ」 喉まで出かかったまだいたんですかを飲み込んで、何を言っているんだと視線を送る。 「どうせ遊ぶなら、その方がいいでしょ? 真ちゃん、さっきから雪歩ちゃんと遊びたいって言ってたし」 「なっ、それは言わなくてもいいじゃないですか! っていうか、聞いてたんですか!」 「真ちゃん……その、ありがとう」 「なんでお礼を言うんだよそこで!」 ああああ。なんか耳まで熱くなってきた。すっごい恥ずかしいことを言ってた気になってくる。 「とにかく、雪歩は来たばっかなんだから休んでなよ! それじゃボク、行ってくるから!」 逃げ出すように事務所を飛び出る。小鳥さんがさっき真ちゃんがねーと言う声が微かに聞こえてきて、それがまた恥ずかしかった。あとで空手パンチだ。 とにかく、雪かきをしよう。外で頭を冷やしてしまわないと、このあと、雪歩と遊ぶときにちゃんと顔を見られるかどうかも怪しかった。