亜美から告白されて一週間。 私は、まだ亜美に返事できていないのだった。 「……一週間、かあ」 ぽつりとつぶやくと、上から「ん?」と声が降ってくる。 ソファに座ったまま、だらだらとお菓子をほおばってる私の背後、 わざわざ椅子を持ってきて、亜美は私の頭に顎を乗せていたのだった。 「なんか言った?」 「ううん、なんにも」 「そお?」 聞こえなくてよかった。そもそも、頭の上に乗せたまま考えることじゃない。 あの日から、亜美は宣言通り、べったりとくっつくようになった。 でも、本当にそれだけで、返事を急かすような言葉はなくて。 キスだって、あの日以来迫られていなかった。 亜美はそんなに律儀に待っていてくれてるのに、なにをやってるんだろうなあ。 「……はるるん」 「あ、うん! なにかな!」 「てーい!」 「ひゃあっ」 髪をぐしゃぐしゃにかきまぜられて、声を上げてしまう。 うう、不意打ちなんて卑怯だよ、亜美。 「せっかく一緒にいるんだから、もっと構ってよー」 「あー。うん。そうだよね、ごめんね」 よしよし、と頭の上にある頬をなでる。 うん。今は目の前にいる亜美のことを考えなくちゃ。 待たせてるんだから、その分、今できることはやってみせよう。 「それにしても、髪、いいにおいするね」 「え! ちょっと!」 「すんすん」 わざとらしく声に出さなくていいから! 恥ずかしくなって、亜美の頭を無理矢理引きはがす。 ちょっぴりきつい体勢だけど、なにか大切なものを失いそうだから必死で抵抗した。 「うあー、はるるんのいけずー」 いけずって。そのまま嗅がせてる方が問題だから。 亜美もこれ以上深追いする気はないようで、素直に引き下がってくれた。 「びっくりしたなあ、もう……」 「へへー。ごめんね、はるるん」 くしゃくしゃにした髪を手櫛で整えてくれる。 梳いてくれる指が気持ちよくて、ついつい許しちゃいそう。 ……またいつ、悪戯されるかわからないから気は抜けないけど。 「相変わらず、仲がいいわね」 ほにゃあ、と緩みそうな頬を押さえていると、横から聞こえてくる声。 頭を動かさないように横目で見ようとしたら、千早ちゃんが真正面に座ってくれた。 「そりゃーもー。亜美とはるるんはラブラブですからなぁ」 「らぶらぶって……」 苦笑すると、千早ちゃんは「そう」と軽く微笑み返してくれる。 それは、例えるなら子犬のじゃれ合いを見るような笑顔だった。 「でも、亜美はなんでそんな面倒くさい位置取りをしてるのかしら」 「これはね。はるるんのジャマにならない場所を、一生懸命考えた結果なのだよ」 ふふん、と誇らしげな笑みが私の後ろ髪を揺らす。 ……変な悪戯を企んでたわけじゃなかったんだ。 でも実際、悪戯めいたことをされたから、間違ってないと思う。 うん。疑ってごめんね、とは言えない。 「それなら、今なら春香と会話するけれど。邪魔しないのね」 「時は金なりっていうのだよ、千早お姉ちゃん!」 「時と場合によるのね。分かったわ」 亜美のボケをあっさりとスルーして、千早ちゃんは私の方に視線を向けなおす。 話って、なんだろう。ここ一週間はあまり話すことができなかったんだよね。 「明日、一緒に買い物行く件についてなんだけど。今まで話せなかったから」 「あ」 そういえば。 「もしかして」 「あ、あはは」 「忘れてたのね」 「ごめん、千早ちゃん!」 ちゃんと、手帳に書き込んでおいたから、予定は開いてる。 でも、うわあ。危ない。どうして忘れてたんだろう。 「まあ、今まで話せなかった私も悪かったし」 「う、うう。面目ないです」 確かに、ぎりぎりまでこういうことを話さない千早ちゃんも珍しい。 けど、それは忘れてた言い訳にはならないわけで。 申し訳なくて肩を落とすと、乗っかってた亜美がちょっぴりずるりと落ちた。 「えー。それ、亜美も聞いてないよー」 落ちたままの勢いで、私の頭をぺちぺち叩く。 痛くはないんだけど、自分の身がますます縮んじゃいそう。 「私と春香の予定だから、当然でしょう」 「それはそーなんだけどさぁ」 納得してないのがばしばしと伝わってくる声。 告白の返事もしてないのに、二人で出かけるっていうのは、確かに問題ありだよね。 「その、ごめんね。亜美」 「埋め合わせを要求するー」 「う、が、がんばります」 埋め合わせって、なんだかすごく怖い。 向かいで、不思議そうに見ている千早ちゃんの目もあってか、すごく居づらい空間だった。 「何だかよく分からないけれど、話が付いたのなら春香は借りていくわね」 「うむ。くるしゅーない」 「私は物じゃないよ!」 二人の所有物でもないし。ひどい扱いだ。 横暴だーって訴えたかったけど、また無視される予感がしたから、黙って堪えることにした。 春香さんは大人なのだ。偉い。誰も褒めてくれないけど。 「でさ、買い物ってなにを買いに行くの?」 さらにずっしりと体重をかけてくる亜美。 そろそろ身長が縮んじゃいそう。首も少しだけ痛みを訴えてきてるような。 「えっとね、千早ちゃんのiPodを買いに行くんだよ」 「ああ。そこはちゃんと覚えてたのね」 忘れられてたらどうしようかと思った、と付け足して、千早ちゃんは笑う。 冗談のつもりなんだろうけど、そこまで信用失っちゃったのかあってちょっぴり凹みそうだった。 「どうせ私なんてドジな忘れ物魔ですよー」 「はいはい。からかってごめんなさい」 わざとらしく拗ねてるってアピールをしてみたら、千早ちゃんは呆れた声ながらも謝ってくれた。 実はこういうところのノリ、そんなに悪くないんだよね。だから安心して拗ねたりもできるし。 「ぶっぶー。二人の世界作るの禁止ー」 「あいたたたた」 さっきよりも強く頭を叩かれて、思わず前のめりになる。そのままぐっと体重をかけられた。 「邪魔しないって言ってたのはどうしたの?」 「これも時と場合に入るんだよ、千早お姉ちゃん」 これは、嫉妬、なのかな。 顔が見えないからいまいち判断しづらいんだけど、 亜美ってば、千早ちゃんに対しては一段と警戒してるというか、 話しててもじっと見られてるように感じるときがある。 千早ちゃんが今まで話せなかった理由もそこにあるんだろうか。 「はるるんなんてせいぜい千早お姉ちゃんといちゃいちゃしてくればいいんだー」 ……ああ、これは完璧に拗ねてる。 今度の埋め合わせって、なにをさせられるんだろう。怖いなあ。 ▼ そして、翌日。 どれを見ても「春香に任せるわ」で全幅の信頼を向けてくれる眼差しに、 ちょっとしたプレッシャーを感じつつなんとか買い物を終わらせたり。 ヘッドホン売場に貼りついて動かなくなった千早ちゃんを引きはがすのに苦労したり。 電化製品を見る度に物珍しそうな顔をする千早ちゃんを眺めて悦に入ってたら、 ものすごく怖い顔で睨まれたり。 そんなふうに電気屋の中を一通り堪能して、私たちは喫茶店にいた。 「いい席が空いてて、よかったね」 「ええ。コーヒーもおいしいし」 奥の方のボックス席。 周りの人からも見づらいから、安心して帽子も脱げる。 眼鏡は……かけたままにしておこうかな。 「それで、落ち着いたついでに聞きたいことがあるのだけど」 「ん? なぁに?」 言いづらそうに視線を逸らして千早ちゃんは珍しく言葉を詰まらせていた。 言っていいものか、という躊躇いが見て取れて、不安になる。 なにかあったんだろうか。 私にできることなら、できる限り手伝おう。 「その……、亜美とは付き合いだしたの?」 上半身だけで盛大にずっこけて、机に頭を打ちつけた。 「な、なな。つきっ。つきあっ、て、ない。よ」 ぶつけた頭をさすりさすり、途切れとぎれに言葉を吐き出す。 いきなりなにを言うんだろう。眼鏡取っておけばよかった。 思い切りぶつかったものだから、痕ができてるかもしれない。 「ふーん。そう」 「どうしてそんなこと、聞くかなあ」 「ここ一週間の様子を見たら、疑いたくもなるわよ」 あの場に残していったのは私だし、と付け足してコーヒーを啜っている。 そんな余裕たっぷりの千早ちゃんとは裏腹に、 私は眼鏡のズレもちゃんと直せないくらいに動揺してるのだった。 「でも、まだ付き合ってないのはホントだからっ!」 「ああ。つまり、なにか言われたのね」 「千早ちゃん、さっきから鋭いよね……」 全部見透かされてるみたいで、もう説明しなくてもいいんじゃないかなってくらい。 どうしてこんなに把握できてるかな。 「春香が分かりやすいのよ」 「そこまで分かりやすいつもりもないんだけどなあ」 言って、コーヒーを飲み込む。 千早ちゃんの察しがよすぎるって方が正しいと思うんだけど、と目を見つめてみる。 そんな私を見て、千早ちゃんは「ふふ」と楽しそうに笑う。 「そろそろ、春香のことならなんでも知ってるって言える頃かしら」 「ぶっ」 かろうじてコーヒーは吹き出さなかった。 「ね、狙いすましたタイミングで言わないでよ」 げほごほと咳き込みながら、じとっとした視線を送ってみせる。 ご機嫌そうな笑顔が怖い。なにがそんなにおもしろいかなあ。 「今日の春香は、なんだかかわいいから。ついいじめたくなっちゃうのよね」 「う、うわあ」 どう返したものか困って、間の抜けた声が出てしまった。 ものすごいカミングアウトを聞いてしまった気がする。 「趣味が悪いんだよ、そういうの」 「そうかもしれないわね」 さらりと返されて、また言葉に詰まる。今日は本当にいじわるだ。 返答に困ってる私の姿がおかしいのか。 もう一回楽しそうに笑って、千早ちゃんはゆったりと口を開いた。 「そうね。趣味が悪いついでに。後出しさせてもらうわ」 「む。なんでしょう」 今度こそびっくりしないぞ、とお腹に力を入れて千早ちゃんの目を見つめる。 落ち着いた表情からは、どんな発言が出てくるのかな。 どうせ、また私をからかう言葉なんだろう。 「私も、春香のこと、大好きなの」 予想もしてなかった発言に、驚きで声が出なかった。 「あ、えー。その」 「ええ」 言葉を選んでる私を見つめて、柔らかく笑う。 下手したら、冗談で流せちゃうタイミングなんだけど、千早ちゃんはそういう冗談を言わない。 つまり、流されてもいい本当のことを言ったってことで、後出しって言うのは。 「……えっとさ。亜美に告白されたって、言ったっけ?」 さんざん悩んで出すには、ちょっぴり的外れな言葉だった。 「聞いてないけど、そんなところだろうと思って」 「やっぱり、察しがよすぎるよね」 「春香が鈍感なの」 亜美にも、同じことを言われたなあ。 告白されるまでは、鈍感なつもり、なかったのに。 「そ、そう、だね」 「ええ。答えもくれないところも含めて」 「う」 ああもう、私、何回同じ失敗を繰り返してるんだろう。 ぐっと力を入れ直して、顔を上げる。 あくまでも、千早ちゃんのことは親友だと思ってて。 それはもう変えられないのが分かってたから、精一杯に決心をして声をかけた。 「え、えっと、ね。千早ちゃん」 「ああ。答えはいいの。言いたかっただけだから」 ずるりと。ずっこけるというより、力が抜けた。 ひ、ひどい。せっかく決心したのに。 そっちから急かしたくせに答えは言わせないなんて。理不尽なんじゃないかな。 「答えの分かりきってることを聞く気にはならないもの」 「え? 答え、分かってるって」 「どうせ、断る気だったんでしょう?」 「あ、はい。一応、その通り、です」 なんでか敬語になりながら。 居心地の悪さに身を縮めて、千早ちゃんの言葉を待った。 「私もね。この一週間、考えてたの」 「なにを?」 「春香のこと、好きなのか」 「……そうなんだ」 ちょっとだけ、照れる。 でも、顔を逸らすなんてできなくて。まっすぐに千早ちゃんを見つめて。 言葉ひとつも聞き逃さないように、精一杯に耳を澄ませた。 「私はきっと、誰かのことを好きな、春香も好きなんだわ」 「へ?」 どういうことなんだろう。 千早ちゃんがなにを言いたいのか、いまいちピンとこなくて、視線で問いかけてみた。 「春香が誰を好きでもいいの。歌っていてさえくれれば」 「それって、私の歌だけが目当てみたいな言い方だよね」 「春香自身も、もちろん好きだけど」 私にとっては、歌の方が重要みたい。 千早ちゃんはそう言って、誇らしげに笑った。 「千早ちゃん、らしいね」 「そうね。呆れるくらい」 ふうん。へえ。そうなんだ。 一人で理由もなく納得して、うんうんと頷く。 「変な好きの形だよね」 笑いかけると、「そうね」と言って笑い返してくれる。 千早ちゃんの目は優しくて、今までと変わらない。 そのことに安心していいのかは、分からないけど。 「好きに、決まったことなんてないわよ」 「そ、そうかな」 「ええ。どう好きになってもいいの」 「いい、んだ」 すとんと落ちた言葉を繰り返す。 千早ちゃんの言葉は、今までずっと悩んでたことを吹き飛ばしてくれたような気がした。 「だから、どんな形でも、答えてあげなさい」 「え? う、うん」 不意打ちにびっくりして、生返事みたいになっちゃったけど。 一番欲しかったかもしれない言葉を、ぽんと放り投げてくれる。 「えへへ」 「どうしたの? 急に笑いだして」 「私、千早ちゃんが親友でよかったなあ」 そんな千早ちゃんと一緒にいれることが、とても幸せなことに思えた。 「……フった直後でそれを言えるのも、春香の魅力よね」 「う、あ! その! 他意はないから!」 「あったら、流石に怒るわよ」 くさくさした瞳。ああ、なんだか久しぶりに見たような。 ちょっとだけ落ち着くのは、懐かしさからか。 「ねぇ。千早ちゃん」 「なに?」 「ありがと」 「ええ」 気づけば飲み干してたコーヒーカップを手で弄びながら。 ちょっぴり照れくさいけれど。 「よし。そろそろ出よっか」 「それじゃあ。最後に、一つだけ」 二人して帰りの身支度を整えつつ話す。 ちょっとだけ帽子を深めに被った千早ちゃんの顔は見づらくて。 「これからも、私に歌を聞かせてね」 「もちろん!」 はにかんだ口調に、笑顔で返して席を立つ。 千早ちゃんのためなら、いくら歌っても足りないくらい。 大切で、大好きな私の親友に、とっても感謝してるから。 「がんばってね」 「うん」 返事をしなくちゃ。 今すぐは流石に無理だけど。一刻も早く。明日にでも。 亜美に、ちゃんと返事をしよう。 ▼ 「あの、小鳥さん」 「うん? どうしたの、春香ちゃん」 「今日ってどこか使わない部屋、ありますか?」 「えっと……確か、会議室が開いてたはずね」 はい、となにも聞かずに鍵を渡してくれる。 小鳥さんのこういうところ、いい人だなって思うけど、事務員としてはどうなんだろう。 「使ったら、ここに返しておいてくれればいいから」 「はい。ありがとうございます」 「あ。言っておくけど、事務所のみんなを信用してるからこういう管理なだけよ?」 本当かなあ。信用してもらえるのは嬉しいんだけど、小鳥さんだからなあ。 普段の行動って、大事。 「そういうことに、しときます」 「春香ちゃーん……」 「分かりましたってばぁ」 涙目になって訴える小鳥さんをかわして、事務所のソファへ。 まだ亜美は来ていない。真の置いていった少女漫画を手に取って、開いてみる。 内容はうまく頭の中に入ってこないけど、とにかくなにかをしていたかった。 漫画の中には、かっこよく告白している主人公とヒロインがいる。 こんな漫画みたいな告白なんて、できそうにないな、と思った。 「やっほー。はるるん、なに読んでんの?」 「うわっ! 亜美! 来てたの!」 「いま来たけど。普通に話しかけただけで驚かれるとはシンガイですなー」 「ご、ごめんごめん」 だけど、漫画読んでたところにいきなり抱きつかれたら、びっくりするよ。 そのまま嬉しそうにぎゅうっと抱きついてくる亜美の頭をなでる。 「亜美、ちょっと話があるんだけど」 「おっけー。いいよん」 私の顔が真剣だったからか。 いつもの軽い口調にも、どこか力がこもってるみたいだった。 会議室の扉を開けて、二人きりになる。 使わないって言ってたけど、念のため鍵も閉めて。 すうはあと深呼吸。小さな部屋ではやたらと響いた。 「あのね、亜美。返事なんだけど」 「ん。うん」 じっと見つめてくる顔。 それだけ不安にさせてたんだろう。 「私ね、亜美のこと、たぶん好きなんだ」 「たぶんって」 これだけ待たせた結論としてはひどいと思う。 でも、これ以上の答えは見つけられなかった。 「その、曖昧だけど。これが、私の好きの形なんだと思う」 それでもいいんだって教えてもらったから。 胸を張って、亜美に好きだって言うことができる。 「だから、私と付き合ってください」 喉がからからで、声がかすれる。 ちゃんと聞こえたのかな。亜美の顔が見られない。 真っ赤な顔をしてるだろう自分が、今は誇らしかった。 「はるるん」 「な、なに。亜美ってきゃっ!」 ぎゅーって抱きしめられて、ちょっぴり苦しい。 そのまま肩に頭を押しつけられた。 「どーしよ。すっごい、うれしい」 「不安にさせて、ごめんね」 「もー、超待ったし。たぶんって言われたときはダメかと思ったよー」 心底嬉しそうな声。 紛らわしい言い方してごめんねって謝ろうとしたら、亜美が顔を見せてくれた。 「でも、はるるんだから、許す」 「あはは。許されちゃった」 笑顔がまぶしくて、自然と笑い返す。 この笑顔を見られるなら、いくらでも好きって伝えられそう。 これも好きってことなのかな。 「はるるんはたぶんって言うけどさ」 「うん?」 「これからは絶対好きって言わせても足りないくらい、メロメロにしたげるよ」 「うわ……」 ひどい殺し文句を言われちゃった。 その笑顔が眩しかったから、余計に顔が赤くなってると思う。 「ねぇ、はるるん」 「ん、なに?」 「ちゅーして、いい?」 「うん。いいよ」 言って、自分から顔を近づける。 唇が触れ合って、ん、と小さい声が漏れた。 「……ちゅ、ん」 「は、ん……」 亜美が私の顔を引き寄せて、離れない唇。 合間に漏れる声が色っぽい。 あの時の亜美にも、こう聞こえていたのかな。 「……は、」 息継ぎのために、距離を取る。 なんか、すごい。体中があつくて、燃えてしまいそうだった。 「うわー……。すっごい。幸せすぎて死にそう」 「大げさだよ、もう」 「んーん。そんなことないよ」 前みたく、もう一回軽くキスをされた。 「こうしてるだけで、めっちゃ夢みたいだもんね」 腰に回された腕の力が一層強くなる。 目の前にある亜美の顔をじっと見つめていた。 「そうだね」 私も抱き返して、ぽんぽんと背中を叩く。 子供をあやすみたいになっちゃうのはもう癖なのかもしれない。 「ね。もっかい」 「ん」 間髪入れずにキスされる。 ねだるのはいいんだけど、心の準備くらいはさせてくれないものかな。 「……そういえばさ、はるるん」 「どうしたの?」 「ここってさ、二人っきりだよね?」 「そうだけど」 「鍵も、かけてたよね」 「……? うん」 亜美の手が、少しだけ下に動いて。 「ひゃっ! ちょ、ちょっと。亜美」 「いいっしょ?」 上目遣いで訊ねられて、一瞬、言葉に詰まっちゃったけど。 「よ、よくないよ! ここ一応、仕事場だし!」 「えー……。亜美、我慢してたんだけどなぁ」 「う。ここでそれは、ずるいよ。とにかく、ダメったらダメ」 「ちぇっ」 亜美の胸を手で押して、身体を遠ざける。 体温が名残惜しくないわけじゃないけど、こういうのはきっちりしておかないと。 「これから、そういう機会もたくさんできると思うから、ね?」 お詫びに、って触れるだけのキスをする。 自分からするのは恥ずかしいけど、恋人だから、いいんだよね。 と、思ってたら肩にぐったりと乗せられる頭。う、どうしたんだろう。 「はるるん……。それ、殺し文句すぎ……」 うあー。恥ずかし。 そう言ってうめく亜美になんだか私まで恥ずかしくなってきた。 ぐりぐりと肩を押してくるのがこそばゆい。 「と、とにかく。そういうわけだから、事務所に戻ろ?」 「うー。やだ。もうちょっとだけ、このまま」 「……もう。しょうがないなあ」 こういうところで許しちゃうから、亜美に流されちゃうんだろう。 一種の惚れた弱みってことなのかもしれない。 もしかしたら、私、既にベタ惚れだったりするのかな。 そうだったらいいな、と思って、抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。