「「ただいまー」」 仕事を終えたボク達が事務所に戻ると、一人で譜面を見つめていた千早が顔を上げた。 「お帰り、二人とも」 「千早ちゃんも終わったとこ?」 「ええ」 春香の言葉にほほ笑む千早。 テレビの仕事だけを見ていると想像できないかもしれないが、最近の千早は良く笑うようになった。 初対面の時からは考えられないほど自然な笑顔を見せる千早を見ると、いろいろと感慨深いものがある。 「コーヒー淹れるけど、真も飲む?」 「うん、ありがと」 「砂糖一つとミルクね」 「うん」 「千早ちゃん、私は?」 「春香は冷蔵庫にコーヒーゼリーがあるわよ」 「わーい!……って、なんで!?」 ノリノリで喜んでいた春香がその勢いのまま見事なノリ突っ込みを決める。最近バラエティの仕事が多い から、こういうところばかり鍛えられているみたいだ。 「なんで私には淹れてくれないの!?」 「だって春香コーヒー嫌いでしょ」 「嫌いじゃない!全然嫌いじゃないよ!」 「この間私が淹れたのを飲んだ時は、砂糖三個も四個も入れてたのに顔をしかめてたじゃない」 「え、いや、あれはその」 「疲れた体には甘いものがいいんでしょう?」 しどろもどろになる春香に、呆れたように苦笑を浮かべた千早は給湯室へ立って行った。 取り残された春香は勢いよくソファに沈み込み、ふてくされたように唇を尖らせてボクの方を見る。 「いいなー真は」 「なんで?」 「コーヒー飲めるでしょ」 「そりゃ飲めるけど……」 「趣味も千早ちゃんと良く合うし」 「好みなんて人それぞれだろ」 「私も千早ちゃんと共通の話題で盛り上がりたいよー」 駄々をこねるように春香はぱたぱたと足を振って、それで気がすんだのかソファを立って冷蔵庫に向かった。 「そんなのがなくても春香と千早は仲いいじゃないか」 「そうだけど、もっと仲良くなりたいの!」 背中を向けたままで答える春香はがさごそと冷蔵庫をあさっている。 コーヒーゼリーを見つけて機嫌を治したらしく頬を緩めた春香の顔を見て、ふと思い至ったことがありボク は春香に質問した。 「春香、冷蔵庫の中にコーヒーゼリーいくつあった?」 「一つだけだったよ。真もコーヒーゼリーの方がいいの?」 「いや、そういうことじゃなくて」 ゼリーのカップを片手に首をかしげる春香。 「千早はさ、それを春香のために買ってきたんじゃないかな」 「え」 「前にコーヒー飲めなかったことも覚えてたし」 「そ、そうかな」 「趣味が合うどうこうよりも、そういう気遣いができる方がよっぽど通じ合ってると思うよ」 「えへへー」 現金なもので、途端ににやにやと頬を弛緩させた春香に思わず笑ってしまう。 そうこうしているうちに湯気の立つカップをお盆に載せて戻ってきた千早が、出ていった時とはうって かわって上機嫌な様子の春香に小首を傾げた。 「お待たせ、真。春香のスプーンも持って来たわよ」 「千早ちゃんありがとー!大好き!」 「はいはい、私も大好きよ」 猫みたいにごろごろと喉を鳴らしかねない勢いでじゃれつく春香をやわらかな笑みで迎える千早。 なんというか、まあ、うん、ごちそうさま。 「今日は砂糖いれなくてもいいかな……」