『SIDE伊織』 「伊織!ボク達が竜宮小町に勝つ為には、どうすればいいと思う?」 偶然ユニット同士が鉢合わせたレッスン。 いきなり真の口から飛び出したのは、そんな言葉だった。 「はぁ?それフツー、私に聞く?」 ライバルなのよ私達、と呆れ顔で答える伊織。 「うん、伊織から見て、ボク達に足りないところ、どんどん教えて欲しい。 今はそうするのが、一番いいことだと思うから」 真らしい、まっすぐな眼差しだった。 気圧されるように、少し視線を外す伊織。 「……一応同じ事務所だし。 お願いしますって言うなら、特別にレクチャーしてあげなくもないけど」 「お願いします!」 間髪入れずに返事が来た。 「え、うん」 喧嘩相手があまりに素直で、罪悪感が伊織の胸をよぎる。 いつもの真となら、ここで口論になっていてもおかしくない。 真たちのユニットが竜宮小町に負けて、まだ一週間も経っていなかった。 当日、静かに肩を落として帰途につく真を、伊織も見てしまっている。 それなのに。 「ダンスは負けてないと思うし、歌もそんなに差がないはず、どこがいけないのかな?」 もう真は次に向けて走り始めていた。 勝者である竜宮小町に、教えを乞うことまで躊躇わない。 (私に、出来る?こんなこと、こいつみたいに?) もし負けたのが伊織なら、プライドや理屈が邪魔してこう素直には切り出せないだろう。 それが出来てしまう喧嘩相手が、少女にとってはとても眩しい。 先週の勝利すら意味をなくす位に。 「伊織?どう思う?」 「そ、そうね……」 おでこを触って少しだけ考える。確かに彼女の言う通り、歌と踊りの二つにはそれほど差が無い。 むしろダンスの技術だけとれば、明確に真たちの方が上だ。 「やっぱり見た目、かしらね」 「……その言い方、酷くない?そりゃ、ボクは伊織ほどプリプリじゃないけどさ」 真の形のいい眉がハの字形になり、視線が床に落ちた。 いつも元気な真が、この表情だと途端に頼りなげに見える。 「え、あ、違うわよ!アンタが可愛くないってことじゃなくて……!」 いつもなら『このスーパーアイドル・伊織ちゃんに勝てる訳ないじゃない、にひひっ♪』くらいは言っても 平気で反論してくるのに、今日はなかなか難しい。 (あーも"ー!こんな真初めてだし……どう言えば伝わるのよ!) 今まで決して口にしなかったが、伊織から見ても真は十分魅力的だ。 強さと言ったら彼女は嫌がるかもしれないけれど こうやって素直に、真剣に、体当たりで自分をさらけ出す勇気がある。 その素直な魅力が、意地っ張りの伊織にとってはとても羨ましい。 つい馬鹿なんじゃないの?とか、キツイ事を言ってしまう程に。 男の子のように飾らない、ひたむきな女の子。 (でも、客席には伝ってないのね) 思考がそこにまで到ると、客に腹が立ってくる。 なんで男の子で真のファンが増えないのか。男って見る目がないのだろうか。 「そうじゃなくて……見せ方、って言えばいいのかしら。 アンタ達の運動神経が凄いのは十分客にも伝わったと思うわ。でも、それだけじゃ駄目なのよ」 訂正すると、神妙な顔をして真が頷いた。 その素直さにますます伊織の調子が狂う。 「ダンサーじゃなくてアイドルなんだから、どう見られるか意識して可愛く踊らないとね。 衣装の露出や翻りは武器よ。角度を考えてアピールするの」 やはり真剣に聞き入る真。その所為か話に熱が入って 「アンタ、素材はちゃんと可愛いんだから自信持ちなさい。こんなの簡単なことよ」 おでこ少女はポロッと隠していた本音を言ってしまった。 『SIDE-真』 歓声でステージが揺れて、サイリウムの輝きが波のようにうねる。 (伊織がアピールする度に、ボクたちを見るお客さんが減ってる……!) 勝負の途中で、諦めたりは絶対にしない。だんさぶるに、懸命に踊り続ける。、 しかし真は、ファンの興味に差があることを、肌で感じてしまっていた。 (悔しいけど、悔しいけど……ステージの上の伊織はプリプリだ!) 隣のステージで輝きを放つおでこが眩しい。 何故、彼女はあんな風に振舞えるのだろう。 妙にツンツンして周囲に食ってかかるクセに、仕草も見た目もいちいち女の子らしい。 被った猫だってたまにボロが出るけれど、それでも男の人は伊織を誉めそやす。 (ボクも王子じゃなくて、猫が良かったな) 胸が苦しいのは、ダンスの動悸だけが原因だろうか? 賞賛、憧れ、嫉妬、対抗心、敗北の予感……きっとその全部が、いま胸を締め付けている。 (伊織) 音楽が鳴り止み、それでも向こうの客席は鳴り止まない。 すぐさま勝負に結末が訪れる。 (伊織…) 乱れた呼吸と胸をつく悔しさで口には出せず。 (伊織……) 真っ白になりそうな頭の中で、彼女の名前を何度も反芻した。 切り替えの早い真でも、実は気もちの整理に一週間を目一杯使っていた。 気合を入れ直して訪れた、レッスン用のスタジオ。衣装こそ違うけれど、すぐ目の前に伊織がいた。 あんなにステージの上で輝いていた彼女が。 悔しいとか頭で何か考えるより前に、気づけば話しかけていた。そして。 「アンタ、素材はちゃんと可愛いんだから自信持ちなさい。こんなの簡単なことよ」 普段の喧嘩相手は、いつもの自信に満ち溢れた笑顔のままで、 普段は決して口にしないことを真に伝えてきた。 その言葉を飲み込むのに、少しだけ時間が掛かった。 「……ボク、可愛い、かな……」 疑問のようなか細さで、真の返事が口をついて出てきた。 竜宮の衣装で踊る彼女は、本当に可愛かった。それに比べて自分はズボンだった。 伊織の目から見てどうだった?ちゃんとアイドルだったろうか? 沈黙が訪れた。 緊張して肩が強張るのが分かる。 恐る恐る伊織の顔を見上げたら、百面相が待っていた。 彼女はまず赤くなって、次に困惑して、最後にやけくそ気味にそっぽを向いて目を閉じた。 「あーもー!可愛いわよ!嫌味でも皮肉でも、なんでもなくね! このスーパーアイドル伊織ちゃんの審美眼にかけて誓うわ!」 こちらが驚くような大声だった。 言い切って勢いがついたのか、向き直ってまくし立ててくる。 「勝ったからとか、負けたからとか、同情でー!とか! 妙な誤解されるのも嫌だからハッキリ言うけど!」 伊織の顔は真っ赤だ。きっと自分もなんだろう、真はそう思う。 「アンタみたいな凄い原石が、カッティングもせずにうなだれてたら、他の石に失礼ってもんでしょ! 私が磨くなら完璧よ!……わかる!?分かって、お願い!」 いかにもセレブな伊織らしくて、大げさな割りにいまいち伝わりにくい喩え。 少し強張っていた真の肩から力が抜けて、そのまま 「あれ?」 緩んだ真の頬から、笑顔と涙が同時に溢れてきた。 「え、ちょっと!?泣くほど!?」 伊織が目に見えて狼狽する。 泣き出した真本人も、慌てていた。こんな所で泣いていたら、さすがに気恥ずかしい。 「ヘヘ、何でだろうね?……泣かされてちょっと悔しいけど、なんか安心しちゃってさ」 はにかみながらも、素直な気もちを口に出してみた。 言葉にした瞬間、ここ一週間のモヤモヤが嘘のようにほどけて消えた。 伊織を見つめる。仲間で、ライバルで、喧嘩相手で、憧れの少女。 「もう……泣かないの、ホラ!」 伊織がシルクのハンカチを差し出してくる。 「…言って」 「え?」 「可愛いって、伊織がもう1回言ってくれたら、もう泣かないから」 悔しいのと嬉しいので、意地悪に甘えてみたくなった。 彼女の手がピタリと止まる。少しだけ間が空いて 「あのー、二人とも?」 遠慮気味に、場の空気に第3の声が割って入った。 伊織と涙で狭くなっていた真の視界が急速に広がる。 律子だ。 照れと困惑が同居した複雑な表情でこちらを見ている。 「ちょっと、目立ってるから……続きは事務所に帰ってから、ね?」 そういえば他所のスタジオだった。しかも、伊織が随分大きな声で叫んだ。 あたふたと二人して周囲を見渡し、現状確認。直後に、冷や水をかけられたような悪寒。 「チョー↑スクープ!いおりんがまこちんに大胆告白!?しかも泣かした!……写真添付っと」 「あらあら♪茶化しちゃ駄目よ〜?ふふ、青春って素敵ねぇ」 「自分、その、女同士とか良くないって思うけど……本当に好きなんだったら、応援するぞ!」 三者三様の台詞と共に、アイドルたちがなだれ込んでくる。 「告白じゃないわよ!……なんで全員揃ってんの!暇なの!?レッスンしなさいよ!?」 仲間たちのいつもの調子に、伊織の頭脳が瞬間で再起動したようだった。 ハンカチが引っ込み、真と伊織の距離がすっと開いた。 「もう!真がいつまでも泣いてるから、面倒くさい事になったでしょうが!」 「え、ボクの所為なの!?伊織が大声で話すからじゃないか!」 ぎゃーぎゃーと騒がしく会話が飛び交い、空気が普段の765プロへと馴染んで戻っていく。 「何よその態度!」 「そっちこそ!」 「へぇ……それならいいわ、あとは響と勝手に頑張れば?私は竜宮のレッスンに戻るから」 「言われなくても、そうしますよーだー!もう絶対負けないからね!」 ああ、慣れ親しんだいつもの距離だ。内心で真は思う。 再燃したやる気と、仲間の賑やかさで、この言い合いも気分は悪くない。 それでも、今だけ。いつもの距離が少しだけ物足りなかったから、最後にひとつだけ。 「伊織!」 真は去って行く伊織の背中に声を掛けた。 「ありがと!」 伊織の背中がくるりと回って、ステージの上と同じ位の、最高の笑顔が返ってきた。 自分も今、同じ笑顔が出来ている、きっと。