「もう王子様は嫌だってあれ程言ったじゃないかっ」 「そんな事言ったって、あんたのファンが一番望んでるのは王子様な真なのよ」 「律子の分からず屋っ!」 「あっ、真!ちょっと待ちなさいっ」 律子が椅子から立ち上がりかけた時には、事務室内に真の姿はなく、急いで後を追ったものの、身体能力の違いもあり、 事務所の周囲にはすでに真の姿は見当たらなかった。 「はぁ・・・、どこ行っちゃんたんだろう・・・」 手元の携帯電話の発信履歴には真の携帯の番号がいくつも並んでいる。 さっきから何度もリダイヤルしているが、電源が切られているため連絡がつかないのだ。 それでも、真の寄りそうな所を回って探し続けていた。 事務所を出てから30分は経った頃だろうか、ふと視界の隅に真に似た姿を捉えた。 そちらを振り返ると、真は見知らぬ男たちと公園の人目に付きにくい林の方へ歩いて行くところだった。 「律子のやつ、ボクの気持ちなんてちっとも考えてくれてない。ボクだってフリフリのカワイイ服着たいのにさ・・・」 真は事務所を飛び出してから、いつものランニングコースへと足を向け、不満を口にしながらトボトボと歩いていた。 「あのー、ひょっとして菊地真ちゃんじゃないですか?」 と、後ろからいつもとは違う、野太い低い声で呼びかけられた。 「はい?」 振り返ると、見知らぬ男が3人立っていた。 「あ、やっぱりそうだ。俺、真ちゃんの大ファンなんすよ」 「え、ホントに?」 「ホントっすよ。こんなとこで本物の真ちゃんに会えるなんてスゲーラッキーっす」 「ボクも男の人のファンに会えてすっごく嬉しいです」 「こんなに可愛いのに、切れのあるダンスがビシッと決まってて。一度近くでダンス見たいと思ったんすよ」 「へへ、そう?じゃあ、ちょっとやってみよっか」 「ここじゃ人が集まってきちゃうでしょうから、あんまり人目につかない向こうの方が良くないっすか?」 「あ、そうだね」 真は、さし示された公園へ向かって歩き始め、男たちも続いていく。 人の多い所から離れた林の陰まで来た時、真は背後から突然腕を掴まれ、そのまま押さえつけられてしまった。 「痛いっ。な、何するんだっ」 「けっ、俺ぁよぉ、この間付き合ってた女を遊びに誘ったら、その日は真様のステージがあるから行かないとか言われてよぉ。  そんなの今度で良いだろって言ったら、凛々しい真様をあんたなんかと比べんなつって思いっきりひっぱたかれた挙句、  二度と近づくなとまで言われちまったんだよ」 さっきまでファンだと言っていた男が苦々しい顔で理由を語る。 「電話は着拒されるし、メールも返って来やしねぇ。あんまりムカつくんでお前の凛々しいお顔にちょっと傷でもつけてやろうと思ってよ」 真にしてみればとんだとばっちりである。 本気を出せば振りほどけなくは無いだろうが、大ファンだと言われた喜びと、それが嘘であったと言う悲しさに心の中はグチャグチャで 体が自由に動かず、ただなすがままになっていた。 「真っ」 その時、真を抑え込んでいる男の腕を目がけて、律子が体ごと飛び込んできた。 「あ、律子」 律子の体当たりによって、真を抑え込んでいた腕が離れ、ようやく解放された。 「何しやがんだ、てめえ!」 突然の乱入者である律子にリーダー格の男が凄む。 「何しやがるじゃないわよ!あんた達こそ男3人がかりで女の子相手に何してんのよ!」 だが、律子は怯むどころか、一歩も引かずに言い返す。 その凛々しいうしろ姿と思いもよらぬ言葉に、真はただ律子を見つめることしかできなかった。 「んだとぉ、ジャマすんじゃねぇ!」 「きゃっ」 立ち塞がっていた律子は、頭に血が上ったリーダー格の男に突き飛ばされ、そのまま後ろに倒れた。 「律子っ!」 「ててて・・・」 その様子を見て真は叫んだが、律子が上半身を起こし、お尻のあたりをさすっているのを見てホッとした表情になる。 「おまえらっ」 しかし、次の瞬間には凄まじい怒気を纏いつつ、男たちを睨みつける。 「お?なんだ俺たちに立ち向かおうってのか?」 「いいや違うね。お前たちを叩きのめすんだよ!」 「叩きのめすだぁ?やれるもんならやってみやがれ!」 チンピラっぽいセリフと共に、目の前の真に殴り掛かる。 「あれ?ぐわっ」 が、華麗な体捌きでやり過ごした真は、男の尻を足の裏で押し出すように蹴りをいれ、勢い余った男はそのまま頭から地面に突っ込んだ。 「どうした?お前たちもかかって来いよ」 「てめえ!舐めやがって!」 挑発された残り二人のうちの一人が真に突進する。 「い、いでででで」 今度はヒラリとパンチを躱した後、男の腕を掴み、そのまま捻りあげて抑え込んだ。 そこへ出遅れた残りの一人が走り込んでくるが、視界の隅にその姿を捉えた真は、腕を抑え込んでいた男を振り回し、 走り込んできた男と正面衝突させた。 ゴツンという鈍い音と共に、二人の男は尻もちをつき、額を抑えて転げ回る。 「おまえらっ、まだやるつもりか?だったらとっととかかって来い!」 言うが早いか、真は正面衝突させた二人の鼻先を掠めるように、立て続けに鋭い蹴り放ち、射抜くような目で睨みつけた。 真は厳しいダンスレッスンで鍛えられた高い身体能力、さらには子供の頃から習わされていた格闘技の技術もある。 そんな相手に、頭に血が上った素人が殴り掛かったところで敵う訳がない。 軽々とあしらわれ、真の強さに恐れをなした二人は、情けない悲鳴を上げながら即座に走り去った。 「く、くそっ!覚えてやがれ!」 力の差を見せつけられた上、仲間にも逃げられたリーダー格の男は漫画のような捨て台詞を吐き捨て、慌てて仲間の後を追う。 「誰がお前たちの事なんか覚えててやるもんかっ」 走り去る男たちの背中に、捨て台詞へのお返しの言葉を投げ返す。 襲撃者たちが遠くへ走り去ったのを確認すると、まだへたり込んでいる律子の元へ駆け寄った。 「律子・・・けがとか無い?立てる?」 「けがは無いけど、はは・・・腰が抜けちゃって・・・」 「ごめん。ボクのせいで・・・」 「なんで謝るのよ。真は被害者でしょ」 「だけど・・・」 「謝るのはあたしの方よ。ごめん。真が嫌がってるの知ってるのに、人気あるから王子様やれなんて言って・・・」 「ううん。ボク、これからは必要ならいくらでも王子様やるよ」 「え?だって、あんた王子様扱いされるのあんなに嫌がってたじゃない。それがどうして・・・」 「だって、さっきあいつらに『女の子相手に何してんの』って言って庇ってくれたじゃないか。  あの瞬間、律子はボクの王子様だったんだ。王子様が現れたから、ボクはずっと憧れてたお姫様になれたんだ。  可愛い服を着れば女の子っぽくなるなんて、思い違いもいいとこだった。  本当に分かってくれてる人はボクがどんなカッコしてても、ちゃんと女の子として見てくれてるんだよね。  それが分かったから、もう王子様やるのなんてどうってこと無いよ」 「腰が抜けて立てないようなあたしでも王子様なの?」 「うん。男3人の前に立ち塞がって庇ってくれるなんて、律子はボクにとって本物の王子様だよ」 「はは・・・、そのまま助けられればカッコ良かったんだけどね。逆に助けて貰っちゃってるし・・・」 「そんなこと無いよ。敵わない相手だと分かってるのに立ち向かう律子を見たからボクも勇気が出たんだ。  律子が来てくれなかったら、あいつらにどんな目に合わされてたか」 「そうは言ってもねぇ」 「じゃあ、律子はボクの王子様でお姫様。ボクは律子のお姫様で王子様ってことでどうかな?」 「うーん・・真がそう言ってくれるんなら、ありがたく王子様の称号を貰っておきますか。でも真も王子様で良いの?」 「構わないよ。王子様が居てくれるんだから」 「そう。真が良いって言うんなら。それじゃ、帰るとしましょうか」 「うん。あの・・・さ、律子」 「ん?なに」 「えっと・・・、手・・つないで貰っても良いかな」 「え?」 思いもよらぬ言葉に驚く律子だったが、さっきあんな事があったばかりで不安が残っているのだろうと考えて手を差し出す。 「いいわよ。はい」 「あ・・・ありがとう///」 真は俯き加減の真っ赤になった顔で、恥ずかしそうに律子の手をキュッと握る。 「さ、行くわよ」 「う、うん」 普段はイケメン少年に見られ、女の子に囲まれている真だが、律子に手を引かれて歩く今の姿は、ちょっと恥ずかしがり屋の 可愛い女の子以外には見えなかった。 真の前を歩く律子だけは、そのはにかんだ表情も、律子のうしろ姿を見つめる熱っぽい視線にもただ一人気づかずにいた。