【手作りバレンタイン】 今日はバレンタインデーだ。 「バレンタインデーだからチョコレートちょうだい?」 ――と言われるのは確実なので、事務所運営も軌道に乗っていた事もあり今年は奮発して有名店のチョコレートを購入していた。 試食した時にあまりの美味しさに自分用にも買おうか悩んだほどの一品である。 これだったら美希も大満足するに違いない。 「あふぅ」 そんなことを考えているうちに事務所に美希が顔を出した。 「おはよう美希」 「律子、さんおはようございますなの……あふぅ」 いつにも増して眠そうな様子が気になった。寝不足かしら? 「美希、あなたいつもより眠そうな顔してるけどちゃんと寝たの?」 「ん〜?……あ、そうなの!ミキね、チョコレートをね」 来た―――― 「はい!」 「へ?」 予想通りの話題をふってきたところに待ってましたと言わんばかりにチョコを差し出すと、美希きょとんとした表情を見せた。 私が素直にチョコをくれるとは思ってなかったみたいね。 「バレンタインでしょう?チョコレートよ」 「あー!!コレって雑誌に載ってたいつも売り切れの人気のお店のチョコなの!」 「ふっふっふー♪ちょっと奮発しちゃったわ」 「貰って良いの?」 「当たり前じゃない。せっかく買ったんだから」 「ありがとうなの律子!」 また"さん"を忘れて……けど今日ぐらいは良いか。 綺麗に包装された包み紙をビリビリと破り、チョコを摘んで口に入れる美希の姿は心底嬉しそうだ。 この笑顔を見られるなら予約までして買ったかいがあったってものね。 ……本人に言ったら調子に乗るだろうから言えないけど。 「とっても美味しいの!……むぐ…でも……んぐ、律子の手作りも…、食べたかったな…んぐ……って思うな、あむ。」 「こら!食べながら喋らない!」 「ごくん……ごめんなさいなの」 「まあ、手作りも考えたんだけどね。市販の方が絶対に美味しいじゃない?だからわざわざ手作りで市販に劣るもの作って渡すのもなぁ、って思ってね」 それに手作りの手順を調べたところ温度調節や材料の管理etc 手間のかかる作業でとてもじゃないけど忙しい仕事の合間に出来るものじゃなかった。 「……手作りは売り物より悪いの?」 「え?んー、悪いわけじゃないけど、市販の方が絶対に美味しいじゃない。それ美味しかったでしょう?」 「うん!おいしかったの」 「でしょう?試食した時私もこのチョコならいくらでも食べられるって思ったもの」 「……ふ〜ん」 さっきまであんなに笑顔で食べていたのに、美希は何か考えているような複雑な表情を浮かべていた。 「…どうしたの?」 「ううん、律子ありがと。じゃあお仕事行ってくるの」 「あ、うん。行ってらっしゃい」 「行ってきますなの」 美希はぼんやりしたまま事務所を出て行った。 ……はっきり行って拍子抜けだった。 美希の事だからもっと騒いで喜んでくれると思っていたのに。 『律子に食べさせて欲しいの!』なんて言うかなー……って、なんて想像してるんだろう私。 少し疑問に思いながらもそのまま事務仕事に取りかかり、あっという間に時間が過ぎて行った。 ■■■■■■■■■■■■ 「律子」 仕事が一段落したところで、いつの間にか帰ってきていた美希から声がかかった。 朝と同じ様子でどこか悩んでいるような不機嫌そうな顔をしている。 「おかえりなさい。何かあった?」 「……これあげる」 美希が差し出してきたそれは、赤い包み紙が巻かれた小さな箱。 これは―――― 「バレンタインの?」 「うん、ミキが作ったの」 「へぇ、凄いじゃない!」 「えへへ♪昨日眠いの我慢して頑張ったんだよ!」 眠そうな顔の原因がやっとわかった。 私のために作ってくれていたなんて少し、いやかなり嬉しい。 「美希…ありがとう。いただきま」 「でも、律子は手作りチョコなんていらないんだよね?」 「え?」 自分で手作りのチョコレートを差し出しておいて何を言っているのだろうこの子は。 チョコを受け取ろうとしたのに受け取れなかった私の右手は、行き場なく静止したままだ。 「朝言ってたの!手作りよりも売り物の方が美味しいって!それってミキの手作りチョコレートはいらないってことだよね?」 「ちょ、ちょっとぉ!そこまで言ってないじゃない!!」 「でもでも!手作りは売り物より美味しくないって言ってたの」 う"……た、確かにそんな事を朝に言ったような気がする。 いや言った。 むくれた顔の美希はそのまま続けた。 「だからミキのチョコ、別に食べなくても良いよ」 「えっ?」 「ふーんだ。律子にもらったチョコ、ミキが作ったやつよりおいしかったの。律子も試食で満足したからミキのチョコはもういらないんでしょ?」 ……これはかなり拗ねている。 美希が寝る間を惜しんで作ってくれたチョコレートをいらないだって? そんな、そんなわけがない! 「欲しいに決まってるじゃない!!!」 「わわっ!?ビックリしたの」 「朝言った事も確かに本音だけど、でも……美希の手作りはその…と、特別というか」 「特別?」 「美希が頑張って作ってくれたチョコは多分…どんな高級チョコレートより美味しいだろうし……」 「なんで?」 「なんでってそりゃあ…」 「それは?」 ニコニコとした顔で見つめてくるこの子は私が次に言うことを既にわかっているのだろう。 そんな顔をされると恥ずかしいったらない。 「ねぇねぇりつこー!なんでなの?」 「……好きだから。」 「聞こえないのー♪」 まったくこの子は…! 「も、もう!好きだから!大好きだからよ!」 「えへへ♪ミキも律子のこと大好きなのー!」 「う…」 さっきまでのしんみりした表情とはうって変わって、弾けるほどのキラキラした笑顔。 私はこの笑顔に弱い。 「じゃあ早速食べるの!」 朝と同じようにビリビリと包装紙を破る美希。 自分で包んだものをなんで自分で開けてるのよ……。 中から現れたのはココアパウダーがまぶされたまんまるいトリュフチョコ。 意外と綺麗に作られていた。 「美味しそう…凄いじゃない。」 「えへへ♪じゃあ律子!あーん」 「は?」 「ほら、口開けてなの!あーん」 「なによそれ」 「あーん」 「もうっ!……あ、あーん」 ――――なんて恥ずかしいやり取りの後、口の中に入れられたトリュフチョコはチョコレートの甘みとココアパウダーの苦味がマッチしてとても美味しかった。 「美味しい…」 「ミキの愛情がたーっぷり入ってるんだから当然なの!これは絶対売り物には負けてないって思うな」 美希の愛情効果なのかどんなチョコレートよりも美味しく感じたそれはどんどん私のお腹の中に吸い込まれていった。 私も来年は美希を見習って手作りに挑戦してみようかしら。 「律子ー!最後の一個だよ?あーん」 「結局最後までそれで食べさせるのね……あーん」 最初から最後の一個まで全部美味しくいただいてしまった。 これは明日の体重が心配だわ…。 でも少し名残惜しいなぁなんて思っていると急に美希の顔が近づいてきて……って! 「んんっ!!……っ…あ…んむっ」 「ん…ちゅ……む…」 いきなりキスをしてきた美希の舌が口内を舐めまわしまだ口の中にあったチョコを溶かしていく。 なんとなく、私も負けじと美希の舌に己の舌を絡めた。 「っは…!も、もういきなり!!」 「あはっ♪でも律子もノリノリだったの」 口の端にチョコをつけた美希がいたずらっ子のように笑う。 何度も言うが私は美希の笑顔に弱い。 ■■■■■■■■■■■■ 帰る支度を済まし車で美希を家まで送った。 車の中、昨日の寝不足のせいか車の中で爆睡する姿を見ていると徹夜でチョコレート作りをする美希の姿が浮かんできて、胸があたたかくなった。 「また明日ね」 「お疲れ様なの!」 そういえば――――― 「美希!ちょっと待って」 「なに?」 私は振り向いた美希のチョコがついたままの口の端をペロリと舐めた。 ほんのり甘いチョコレート味。 「チョコレートついてたから」 「……不意打ちなんて卑怯なの」 自分の事は棚に上げてそんな事を言う美希の顔は、車のライトの灯りだけでもしっかりわかるぐらい真っ赤だ。 ふと視界に入ったミラーに映る私の顔も真っ赤で、それに自分でもわかるぐらい満足げな顔をしていた。 (おわり)