『貴方の側に』 「うー、全然眠れない…」 響は今晩何度目かわからない寝返りをうった。 ここしばらく、響はあまり寝付けずにいた。 アイドルとしての活動に不安があるとか苦手な仕事仲間がいるとか、そういった悩みは特にない。 しかしある日を境に夜部屋の電気を消し一人で布団に入ると不安になる、そんな日々が続いていた。 アイドルとしての活動ができないほどではないが、ミスをしたり集中力が途切れたり、 決して良いコンディションと言えるものではなかった。 「明日も早いのにどうしたら良いのかな…」 眠くなるのを待ち目を瞑っているが一向に眠気が訪れない。 代わりに自分が一人ぼっちになってしまったような、そんな不安が押し寄せる。 「眠れないのですね、響」 不意に背中から声がした。隣で眠っていた貴音の声だ。 その日、貴音は響の家に泊まりたいと言い続け、響の家に泊まりにきていた。 断る理由もなく、響も快諾したのだが貴音が何故泊まりたがったのかはよくわからなかった。 「ごめんね貴音、うるさかったよね」 「それは構いませんが、最近の様子からして、ずっとこうなのですか」 響が身体を貴音の方に向けると、彼女は上半身を起こし少し心配そうな表情をしている。 「貴音は気づいてたんだね、何日か良く眠れなくてさ」 「…何か不安があるのですね」 「そんな事ないさー、自分に悩みなんて」 心配そうな表情の貴音に対して響は明るい声で応えるが貴音は表情を変えず続けた。 「響、隠すことはないですよ。私にはわかります、響の不安が」 「そんな、自分に悩みなんてないぞ」 強がる様な様子で響が言い返す、しかし貴音は確信があるのか更に言葉を続けた。 「あるではないですか、響の様子が変わったのはあの日からですよ」 「え、あの日って」 はっきりした貴音の声に響は少し驚かされた。 「事務所のテレビにて沖縄の番組を共に見たでしょう、あの時からですよ、響の雰囲気が少し変わったのは」 「あっ…」 「テレビに釘付けになっていたのを覚えています、響は沖縄の事が恋しいのではありませんか?」 「沖縄…」 思い出した様につぶやいた響。顔がみるみる不安に染まる。 「見覚えある場所とか沢山出てきて…凄く懐かしくて」 響の声が少し震えている。懐かしさと一緒に、故郷や家族と離れた不安が溢れてくる。 「でも、トップアイドルになるまでは帰らないって…決めたんだ…」 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、再び貴音に背を向け、縮こまる響。 「だから、沖縄なんて…ぐすっ…」 背中は小さく丸まり、今にも消えてしまいそうなほどだ。 所謂ホームシックというやつだろう。響は一人沖縄を離れ、アイドルとしての活動を行っている。 不安がないわけがない。その気持ちが沖縄の風景に呼び起こされ一気に溢れ出してしまったのだろう。 後ろでごそごそと音がしている。 貴音がなにかしているんだろう、と思っていると、自分の布団の裾が開いた。 「響」 「えっ…?」 振り返ると、貴音が布団に入ってきた。 「たか…んっ」 貴音は有無を言わさず、響を抱きしめる。 温かい抱擁。包まれるような感覚。貴音のぬくもりが伝わってくる。 「響…あなたの寂しさ、私が側にいることで癒えはしませんか…?」 貴音は優しく話しかけると響の背中に手を回し、反対の手で頭を撫で始める。 身長差からか、響は貴音の胸に顔を埋める格好になる。 「それって…」 貴音は響の頭を撫で続ける。その優しい感触にさっきまでの不安が薄らいでいく。 「故郷を離れるのは辛いことかもしれません、しかし貴方は一人ではありません」 目を細め、まるで子供をあやすかのように優しく語りかける貴音。 「事務所の皆や…私も側にいますから」 「うん、ありがとう貴音」 響は貴音の腕の中で満面の笑みを顔に浮かべる。 「ですが、本当は私の方なのかもしれませんね」 「えっ?」 意味がよくわからなかった。きょとんとする響に貴音は言葉を続ける。 「響、貴方は私の不安や怖れを消してくれる存在なのですよ」 「自分が?」 「はい。貴方の明るさ、前向きさを見ていると私は何でもできそうな気になるのです」 意外だった。貴音は一人でも十分強くて、誰かが必要な存在とは思ってもみなかった。 「ですからこうしていると私もとても安心できるのです」 「そっか…自分たち一緒だね」 「はい、これからもずっと、共に歩んでいきましょう」 「うん」 笑顔で見つめ合う二人。 「それにしても…この布団は響の香りに満ちていて…響に包まれているような気持ちになりますね」 うっとりした表情の貴音。 「そ、それはちょっと変態っぽい発言だぞ、貴音」 「良いではありませんか、私はこうして眠るのは嫌いではありませんよ?」 「それは…自分もそうだけど」 否定も出来ず、恥ずかしそうに顔を背ける響。 「ところでさ」 「なんでしょう、響」 「貴音の故郷って、どこなの?」 「それは…とっぷしーくれっと、ですので」 「えぇ〜、自分にも教えてくれないのぉ」 残念そうに口を尖らせる響と困ったような貴音。 「申し訳ありません…ですが」 「いつか必ず、二人で参りましょう、私の故郷に」 「そっか、じゃあ楽しみにしておくね」 「はい、うふふっ」 「じゃあ、おやすみ、貴音」 「おやすみなさい、響」 どんな不安があっても、貴音となら、きっと超えられる。 どんな不安があっても、響となら、きっと超えられる。 そう信じ、二人は寄り添いながら眠りに落ちていった。 -------------------------------------------------------------------- 貴音と響がお互いにお互いを必要としている、そんな関係が大好きなのです。 ずーっと一緒に過ごしてくれたらいいですね。 短いですがこれにて、駄文で失礼しました。