『吸血鬼を狩るもの』 誰もいない深夜の765プロ。 そのビルの屋上に向かい合う二人の影があった。 一人の名前は水瀬伊織。彼女と彼女の家には秘密がある。 水瀬家は人の生き血を啜って生きる、所謂吸血鬼の一族であった。水瀬グループは表向き様々な事業に 手を広げるグループ会社、として知られるが実態は吸血鬼として活動する彼らの隠れ蓑として作られたものだ。 当然ながら、伊織自身も吸血鬼であり、765プロでの活動は人々の心を魅了し、水瀬一族の僕にするためのものであった。 もう一人の名前は四条貴音。彼女と彼女の家にも秘密がある。 四条の家は古くから人に仇なす物の怪を祓う使命を担ってきた血筋であり、貴音もまた魔と戦う為に 幼い頃からずっと修行を積んでいる身であった。 つまり、二人は敵対関係ということになる。 かくして、戦いが始まった、のであるが。 「惨めなものですね」 「っく…放しな…さいよぉ…」 戦いはあっけないほどすぐに決着を迎えた。 結果は貴音の圧勝であり、伊織は貴音の使う物の怪を捕えるための縄をかけられていた。 「もう少し手応えがあるかと思っていましたが、どうやら殆ど力を持っていなかったようですね」 「うる、さいっ」 必死に身体を動かし縄から逃れようとするが、それは叶わない。 「無駄ですよ、伊織」 「それは貴方のような人ならざるものを戒める縄。抜けることは叶いません…貴方がもっと強い力を持っていれば別ですが」 貴音が縄の端をぐっと引っ張ると縄がぎりぎりと伊織を締め上げる。 「ぐぁ…いたぁ…」 膝を付き、貴音の顔を睨むように見上げる。その目は真っ赤に染まっており、彼女が人でなことをはっきりとわかる。 「今の貴方をここで滅ぼすのは容易なことでしょう」 そんな伊織を見下ろし、貴音が冷たく言い放つ。 「しかし、貴方を滅ぼすのはあまりに惜しい」 「なによ…一思いに…殺しなさいよ」 貴音を睨みつける伊織の目線は、身体を縛られているとは思えないほどに鋭い。 隙さえあれば貴音に飛び掛かり、食らいてやろう、そんな様子だ。 「本来ならばそうするのが四条の定め、しかし」 落ち着いた様子で貴音は話し始める。 「伊織、貴方は他の物の怪共とは違います。人間を自らの糧としか思わぬ輩とは違う優しさを持っていますね」 「人間に対する優しさ…?そんなもの私にはないわ!」 「あります、人間に対する優しい心が」 食ってかかる伊織に対しあくまで落ち着いた様子で話を続ける貴音。 「その証拠に、なぜ765プロの皆が貴方の眷属になっていないのですか?」 「そっ、それは」 「私は最初、貴方に血を吸われた者が何人なのか、いつ襲われるか気が気ではありませんでした」 「しかし、誰一人として貴方の僕にはなっていなかった」 「あ、あの事務所の連中の血なんて吸ったら変になりそうって思っただけよ!」 「そんな事を考える物の怪はいませんよ…ふふっ」 「うぅ…うるさいっ!」 嬉しそうな貴音と、反論できず声を荒げる伊織。 「伊織、そんな優しい貴方を無下に殺すのはあまりに惜しい。そこで考えたのですが」 「な、なによ」 「私に娶られる気はありませんか」 「…はぁ!?」 「四条の定めに従うならば、私は貴方を殺す他ありません」 「しかし貴方が人に害を成さぬよう私が目を届かせていればその必要もありません、なんという名案でしょう」 「どこが名案よ!娶るのは関係ないでしょ!」 「ですが生きられるのですよ?」 「そんなのお断りよ、人間に情けをかけられるなら死んだほうがマシだわ」 「そうですか…ならば」 貴音は伊織の目の前に膝をつき、目を合わせる。 「な、なによ」 「無理矢理にでも私のものにいたしましょう」 「へっ」 貴音は伊織に顔を近づけていき、そのまま 「む…ちゅっ」 伊織の唇を奪ってしまった。 「んむっ!?」 不意の口づけに目を見開いて驚く伊織。 「ちゅっ…んっ」 唇を触れ合わせるだけでは止まらず、舌を口の中に入れていく。 「んむーっ!むぐっ?」 柔らかな舌に口の中を舐めまわされ、悲鳴を上げるが、口を塞がれており声にはならない。 「んふぅ…ちゅうっ」 堪能するように、たっぷり時間をかけて伊織の口の中を舐め回す貴音。 「んんぅ…」 縄に縛られ、伊織は貴音のなすがままを受け入れる他になかった。 「…ふぅ」 しばらくして、貴音が唇を離す。 つう、と透明な糸が引く。 「なっ…何すんのよぉ」 いきなり唇を奪われ、しどろもどろになってしまう伊織。 「思った通り」 満足気な表情で話し始める貴音。 「伊織、なぜ噛み付かなかったのですか」 「えっ…あぁっ」 言われて初めて気付く伊織。舌まで絡められたのに、伊織は貴音の血を吸う ということに考えが回らなかったのだ。 「やはり貴方は優しいのですね、ふふっ」 「うう…違うわよぉ」 「さて、私の家に参りましょうか、伊織」 「なっ、ちょっと何するのよ」 伊織を抱え上げる貴音。 「たった今契りを交わしたのです、次は芽生えた愛を育むべきとは思いませんか?」 「今のどこ愛情の生まれなのよ!?」 「分かっているのでしょう。大丈夫ですよ」 「やっ、ちょっと離しなさいよ、離して!」 「今宵は良い夜になりますね」 縛られ身動きの取れない伊織を抱えたまま、満足そうに笑みを浮かべたまま貴音は歩き出す。 二人がパートナーとして共に戦い、絆を深めていくのはまた別のお話。